エアギターで腕が攣る

アメリカン・ユートピア(Archive 2022)

6/9 13:58

‎American Utopia on Broadway (Original Cast Recording Live) - デイヴィッド・バーンのアルバム - Apple Music

映画『アメリカン・ユートピア』が良すぎたという話をする。

普段から森羅万象に対して思ったことを口から何から出し続けているが、こと今回観たアメリカン・ユートピアに関してはもう熱が冷めやらぬうちにどうにかしてこの感動をしたためておきたくて仕方がなかったため、一緒に映画を観た先輩と帰路熱弁し、別れ際に硬い握手をしてもなお収まらぬこの胸の内を開陳したいと思う。

5月の下旬から公開されていたものの、緊急事態宣言により私が住んでいる大阪では映画館が休業に追いやられてしまい、鑑賞の機会を逃し続けていた。今回ようやくの鑑賞であった。

デヴィッド ・バーンがトーキングヘッズを74年に結成し、3年後に『Psycho Killer』をリリースしたことを考えると、彼が音楽家として世に出てから実に半世紀近くが経とうとしているわけだが、その時から現在に至るまで、彼のクリエイティビティとパフォーマンス能力は一切の衰えを見せるどころか、恐ろしい程に磨きがかかり続けていたらしい。2時間近いショウを、全くへばることなくフルパワーでパフォーマンス-歌うだけではなく、踊り、ギターを弾き、パーカッションを打ち鳴らすのだから大したものだ-し続けるバイタリティはもちろん、このショウの楽曲のほぼ全てを作り出したのはもちろん、ステージの構想を練ったのもデヴィッド ・バーン本人だというのだから、天晴れという外ない。

トーキングヘッズ直系のニューウェーブサウンドが根底にありつつも、アフロビートをふんだんに取り入れたパーカッションセクションの充実っぷりと、アンビエントを通過したことを如実に知らせる、原音をカットし、リバーブ音のみを出力したようなギターサウンド、メタルを彷彿とさせるローの効いたベースとギターのブリッジミュート、そしてR&Bシンガーであるジャネール・モネイの『Hell You Talmbout』のカヴァーまで飛び出す(なんとデヴィッド ・バーン自身が本人に直々にカヴァーの許可を得たらしい)という、余りにも広範なジャンルの横断。

更にはアンビエントミュージックの先駆者、ブライアン・イーノがデヴィッド ・バーンにダダイズムの作家/詩人であるフーゴ・バルの詩を曲にすることを勧めたことでできたというトーキング・ヘッズ時代の楽曲『I Zimbra』をはじめ、『Once In A Lifetime』『Burning Down The House』など、『American Utopia』収録の楽曲以外からも新旧問わないタイムレスな楽曲が次々と繰り出されるといった、ファンも歓喜のセットリスト。そしてそれを強烈なあるプロテストにより、一つの一貫した方向性をもって打ち出し、まとめ上げる手腕に脱帽である。非常に興味深いのは、数十年も前の曲でありながら、現在もアメリカに根深く存在する諸問題-今作では特にBLMにフォーカスされている-とリアルタイムに呼応し、決して過去の再生としてではなく、現在に鳴るべき音楽として存在していることだ。

人種差別によって亡くなった死者の名前を滔々とあげ、”Say his (or her) name.”と叫び続ける『Hell You Talmbout』は2015年にSound Cloudにアップされて以降、オフィシャルなリリースは一切されていない楽曲だ。

今回のステージ・バンドはフランス、ブラジル、カナダなど多国籍のミュージシャンが参加したるつぼのような顔ぶれである。かくいうデヴィッド・バーンスコットランドから帰化しているという意味では、アメリカにルーツを持たないミュージシャンである。

そのようなバックグランドを持って鳴らされる音は、確かに今まさにアメリカに存在する諸問題と相対し続ける者が発するのであるから、現在にひどく切迫したものになることは当然である。そのような意味でも、この作品は決して懐古的なベクトルで消費されるべきではないだろう。

そしてトーキングヘッズ時代から常に時代を見つめ、自身の中で自問自答を繰り返してきたデヴィッド ・バーンの哲学も色褪せることなく、未だ語られ続けるべき問いかけとして我々の前に新鮮な響きをもって立ち現れる。これは驚異的なことである。そしてそれらは時にシニカルに、時に直截的に、素晴らしい音楽と共に発せられる。

上述の圧倒的なパフォーマンスが繰り広げられるステージは、天井から吊るされる鎖以外には何も存在しない。不要なものを限界まで削ぎ落としたセットになっている。人間以外に注目すべきものが一切としてないのだ。

一般的なコンサートでは当たり前の、地を這う楽器のケーブル類なども全てワイヤレスのものを使用し、一掃されているだけでなく、出演者の衣装もグレーのスーツで統一されているという徹底ぶりだ。

「一番興味深いのは他の人間」

「人間を観察することはなんて面白いのでしょう」

というデヴィッド ・バーンの言葉はショウの中でジョーク混じりに語られるが、あくまで人間以外に注意を向けさせないための上記のような環境作りが徹底していることから、この言葉が狂気的なまでに切実さを伴った本心であることがよく分かる。事実、鑑賞していて、パフォーマーたちの微細な身体の揺めきや、鳴らされる音の細やかなニュアンスまでが観る者に肉薄してくる。徹底的に不要なものを削ぎ落とした結果、熱いコアだけが剥き出しになった作品だ。音楽も映像もメッセージも全てが生命力に漲っている。

最後に。デヴィッド ・バーンは公演の間、折に触れて、我々の政治について、皮肉を交えつつも、あくまで真摯に、観る者に問いかける。

地方の投票者数の平均は20%ほどであること、2018年の大統領選の投票者の平均年齢が57歳であることを。そして投票に行くことを呼びかける

極東の島国に生きるひとりの若者である私も、ひとりの生活者として、諦観にまみれて地を這い、生命力を流出させることに甘んじていてはならないと感じた。スクリーンの前でこれほどまでに強烈なメッセージとエネルギーを投げかける男がいると知って、安穏とニヒリズムに傾倒している暇はない。